彼岸花の咲く巡礼道を歩いて、穴太寺と応挙寺を訪ねる

巡礼道を歩いて穴太寺へ

嵯峨野線の亀岡駅に降り立ち、穴太寺と応挙寺に行きました。バスがありますが、歩いていくことにしました。亀岡駅から西方に歩き、亀岡ガレリアで一服。ここから江戸時代の西国札所巡りの巡礼さんが歩いた道に入ります。曲がりくねった旧道を行くと、道路わきの小川に用水を分流させるために利用した道標が残っていました。縦貫道の下を通ってさらに行くと、式内社の走田(はせだ)神社があります。うっそうとした社叢林のある参道は、映画のロケにもしばしば使われるそうです。稲がたわわに実った田んぼのあぜ道に、燃えるような紅色の彼岸花が目に飛び込んできました。一葉の絵のようです。この田舎道を通って行ったのが、穴太寺(あなおうじ)。ここは西国巡礼21番札所です。身代わり観音の話が今昔物語の中にある寺です。お堂に入ると釈迦涅槃像もあります。京都府の名勝に指定された庭園も見事でした。

円山応挙ゆかりの金剛寺へ

穴太寺の裏門から応挙寺に向かいました。途中、小さな石の道標を見つけました。見逃してしまいそうですが、お知りになりたい方は、石田康男氏の著作「京から丹波へ山陰古道ー西国巡礼道をあるく」をお読みください。橋を渡ると、式内社の小幡神社があります。古代史家の故上田正昭氏が宮司を務めていた神社です。境内には上田正昭氏の歌碑もあります。神社のすぐ北側にあるのが、応挙寺です。正式には金剛寺。円山応挙は江戸時代中期の画家で、遠近法を取り入れた写生画の祖として知られます。応挙の生家は穴太寺の近所で、幼少期に金剛寺で小僧生活を送ります。その後、和尚の勧めで京都に出て丁稚奉公しながら絵を学びました。京都で絵の大家として成功した後に、金剛寺の本堂全面と壁面に、「波濤図」・「群仙図」などを描いて寄進しました。その絵がありますので、別名「応挙寺」と呼ばれています。毎年、11月3日に一般公開されますが、今回はデジタル復元のものを見せていただきました。和尚さんからもお話を伺えて、応挙についていろいろ知ることができました。京都市の近郊、亀岡で秋の一日を楽しく過ごしました。

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